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剣闘士試合

映画の中のように、奴隷が剣闘士になる場合が多かったのですが、命がけの職業ゆえ高収入だったので、一般市民が剣闘士に転ずることも少なくなかったようです。剣闘士試合は共和政時代から市民の娯楽として提供され、帝政に移行してからは皇帝の人気取り政策の一環として催されました。



コロッセウム

今も古代ローマのシンボルになっているコロッセウムは、A.D.1世紀にウェスパシアヌス帝により建設されました。正式名称は「フラウィウス円形劇場」で、近くにネロの巨像(コロッスス)が建っていたために「コロッセウム」と呼ばれました。
5万人を収容し、上部には日除けのためにシルクの天幕が張ってありました。競技場には血の色を目立たせるために白い砂がまかれました。現在でも使われている「アリーナ」という言葉は、ラテン語の「HARENA」(砂)から来ています。